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どんな出会いにも意味があることに気づくと、人生が広がるというお話

出会いというと恋愛を連想しますが、職場で出会う同僚や上司、学校で出会う先生や友人なども含めて、人生いろいろな出会いがあります。両親だって、人生で初めて出会う人、とも言えますね。

すばらしい人間関係に恵まれ、生き生きとした毎日を送っている人は幸運です。一方で、同僚も、友人も、彼氏や結婚相手も、みんなパッとしない人ばかり、と嘆いている人も多いのではないかと思います。

私もそんなふうに愚痴っているひとりでした。

たとえば、元夫。夢ばかり語って実行が伴わない人で、私の一言に対して自己弁護のために百ほども言い返す性格でした。女性として一番輝く年齢の時期を、こんな人のために無駄に過ごしてしまった、という後悔の念がすごかったです。

ところが離婚して数年たったころ、気づいたことがありました。子ども時代に将来こうしたいなと漠然と思っていたことが、この結婚期間中にいつの間にか叶っていたのです。あれれ、ぜんぜん幸せを感じなかった彼との結婚も、けっきょく無駄にはならなかったんじゃない ? と。

そうなんです。誰かとの出会いって、たとえば人生を後押しすることだったり、必要なことに気づかされることだったり、探せばきっと意味が見つかるものなのです。

それでは、私のケースを検証しつつ、結婚生活で得たものとはなんだったのか、どんな意味を見つけたのかをご紹介しましょう。

海外生活

小さいころからピアノを習っていたせいかヨーロッパへのあこがれが強く、いつか留学してみたい ! と思っていました。しかし、サラリーマン家庭では大学卒業がせいいっぱい、留学など夢物語とあきらめていたのです。

すると出会ったばかりの時に元夫が言いました「楽器職人になるためにヨーロッパで勉強したい」!!    想像もしなかったことが現実に。そこで結婚してからふたりで資金を貯めて、めでたくイギリスの工芸学校に入学。あきらめていたヨーロッパでの生活を約4年弱も経験することができました。

英語力を生かした仕事

語学の勉強が好きだった私は、英語を使って将来仕事ができればいいなと思っていました。渡英前は貿易関連の会社に勤務していましたが、イギリス生活、山梨での子育てをしているうちに、専業主婦として9年が経過。おまけに八ヶ岳のふもとでの田舎暮らしで、英語力を生かすどころか、社会復帰さえできる環境ではありませんでした。

そんなとき元夫が、アルバイト先で知り合った男性の中国人の知り合いが、英語の通訳を探しているという情報を入手してきました。工場に研修に来るフィリピン人の日本語教育兼通訳という仕事。

その当時近所の農家で畑仕事の手伝いをしていた私は、自分の英語力にすっかり自信を無くしていたので、初めは断りました。しかし、アルバイトを早く辞めたかった夫は、しきりと私をおだてて後押ししたのです。

その結果、私は9年のブランクを経ていきなり通訳という仕事を得、その会社にはけっきょく7年間お世話になりました。

私にとって前回の結婚生活が意味するところ

渡英も、通訳も、どちらも元夫の強い希望によって、いわば私が強いられたともいえるもの。しかし結果的に見れば、夫ではなく、私が最もその恩恵を受け、その後の人生を左右する出来事となったのです。

この通訳の仕事をしていなければ、離婚もできなかっただろうし、東京に戻ることもなかったことでしょう。この2つの経験によって、音大卒という中途半端な学歴にもかかわらず、英語の勉強を続けて、現在まで途切れることなく会社勤務ができているわけです。

そして元夫はといえば、せっかく自分のために留学までして、帰国後はヨーロッパの気候に近い八ヶ岳にアトリエまで建ててもらったにもかかわらず、今では楽器制作を辞めてしまっています。

この事実に気づいたとき、ああ、彼は私の夢を実現するために現れた人だったんだ、とあらためて思いました。加えて2人の子宝にも恵まれ、私の夢が3つも叶ったことになります。

あれほど嫌っていた元夫ですが、今では心から感謝しています。彼との結婚は時間の無駄どころか、私の人生になくてはならないもの、この結婚があったおかげで現在の私があると断言できます。

ネガティブな出会いほど学ぶものは大きい

元夫との関係性に気づいたのは、離婚してから10数年もたってからのことでした。この気づきはけっこう大きいもので、それからというもの、何か嫌な出来事があるたびに、自分の感情の根っこにあるものは何かを探るようになりました。

たとえば元夫の話に戻りますが、彼は私の人生の推進役であったと同時に、「自分の考えを言葉で伝える大切さ」を教えてくれた人でもありました。

離婚の原因は、私が一方的に相手をとことん嫌いになったこと、でした。私には、相手に対していやだなー、と思っても、言わずに自分で抱え込むクセがありました。言葉で説明しようとしても、感情が先走って、うまく言うことができませんでした。もし、こういうところを直してほしい、ときちんと説明できていれば、事態は変わっていたかもしれません。

元夫は、自己弁護するためなら何時間でも言い訳するような性格で、それを聞くのが嫌で私が何も言わなかったので、彼はまさか私が離婚するほど嫌がっていたとは1ミリも思っていなかったのです。

他人には言葉で伝えないと伝わらない。そして感情的にならずに自分の思いを伝えるには、「相手がどう思おうとそれはそれ、自分は自分だ」という自己肯定感が必要です。元夫との関係から、このようなことを学ぶことができました。

また、職場の人間関係においても、大きな学びを得る体験をしたことがあります。

自分が無意識に抑え込んでいる欲求や強い思い込みを、他人がいとも簡単に体現しているのを見ると、むしょうにムシャクシャしてきます。そのムシャクシャの根源は何か、を発見すると、他人を毛嫌いすることがなくなり、結果的に自分自身を肯定することにもつながります。詳しくは、こちらの記事にいきさつを書いています。

嫌な人との出会いほど、葛藤が多い分、学ぶことも大きいのです。「あいつ嫌なヤツだな、いなくなればいいのに」と思うばかりでは、自分が消耗するだけです。

その人はきっと、何か大事なことをあなたに伝えるために現れたに違いありません。そういう目線で出会いをとらえると、あなたの人生がより豊かになっていきます。

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